ロジスティクスレポート No.17
“大規模かつ広域的な地震災害”に対応した「震災ロジスティクス」のあり方
このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。また、今回の東日本大震災において、救命・救援、そして復旧に懸命な努力を続けられている方々に深く敬意を表する次第です。
弊社、株式会社NX総合研究所では、震災後、宮城県内に研究員を派遣し現地の物流状況の調査を行なっています。このような情報収集等に基づき、被災者の方々の救命・救援、生活再建や、地域経済の復旧・復興、我が国全体の防災に資するよう、震災時の物流のあり方の提案・提言を行なっていく所存です。
今後、被災地の現状とこれまでに生じた問題、今後の望まれる展開などを「震災ロジスティクス」としてまとめ、弊社ホームページ上で適宜レポートを発信いたします。
第3報~今後の大規模災害に備えた救援物資のロジスティクス改善に向けて~
はじめに
日通総研ロジスティクスレポートでは2011年4月に『”大規模かつ広域的な地震災害”に対応した「震災ロジスティクス」のあり方』の第1報として「情報途絶時における需要予測に基づくロジスティクス体制構築の必要性(速報)」を報告した(通号№15)。このレポートでは、大規模かつ広域的な震災が発生した場合、その初動期において、需要予測を組み込むことにより、緊急救援物資の迅速な輸送が可能となる体制を構築するよう提言した。
しかし、救援物資供給の問題は、初動期に限らない。一定の期間が経過しても、依然として「ニーズを満たす物資が届かない」、「物資が偏在している」という事態がみられた。
これはどのような原因によるのか?これまでに収集した限定的な情報にもとづくものではあるが、ロジスティクスの観点から問題を整理し、今後の改善方策を提言する。
1.救援物資の供給フロー
2011年6月20日現在、全国で約12万5千人の方が東日本大震災に伴う避難生活を強いられている。このうち公民館や学校等の避難所で生活されている方は、宮城県で約2万3千人、岩手県で約9千人、福島県で約6千人に及び(以上、内閣府資料より)、発生直後に比べて大幅に減少したものの、依然として多くの方が避難所生活を余儀なくされている。
自宅の流失・倒壊などにより避難された方への救援物資は、基本的に次の図に示すフローに即して、以下のような手順で供給されるよう意図されたものと考えられる。
(1)避難所等を通して被災者から物資の要請が市町村の災害対策本部へ伝えられる。
(2)市町村の災害対策本部では、市町村レベルに設置された二次集積所の在庫を引き当て、避難所等に物資を輸送・供給するよう指示を出す。不足する物資については、県の災害対策本部に供給を要請する。
(3)市町村からの要請に応じ、被災県の災害対策本部では、一次集積所の在庫を引き当て、二次集積所に物資を輸送・供給するよう指示を出す。不足する物資については、国あるいは提携自治体・企業等に供給を要請する。
(4)国あるいは提携自治体・企業等は、被災県からの要請等に基づき、各々あるいは集約して、一次集積所に物資を輸送する。その際、被災県の災害対策本部に出荷情報(品目、荷姿、数量、到着予定時間など)を伝達する。
(5)被災県の災害対策本部は、受け入れる物資の情報について一次集積所に伝達する。
(6)上記(1)~(5)とは別に、企業・団体や個人、あるいは姉妹都市など、各種主体が善意に基づき、自発的に被災地に物資を提供する。それは、インターネットや報道等による窮状の訴えに即応したものが少なくない。
図 救援物資の供給フロー(概要)
このように情報とモノが連動して流動するように意図された供給ルートではあるが、「被災者のニーズに即した物資が届かない」にも関わらず、「物資が滞留している」という状況が発生した。
2.救援物資の供給にロジスティクスの考えは必須
それでは、救援物資の供給ルートにどのような問題が生じたのか。発生から3月下旬にかけて、「瓦礫に埋まって道路が開通せず、トラックが走れない」、「燃料が不足してトラックが走れない」等の「輸送」の問題が全てを決定したのだろうか。確かに、各地で道路の寸断は生じており、末端部分をはじめ瓦礫をかき分ける自衛隊の懸命の輸送に頼らざるを得なかったことは事実である。また、燃料についても、インタンクを保有しているトラック運送事業者であってさえ、燃料が底を尽きかける深刻な事態が生じていた。しかし、そのような道路・燃料に起因する輸送の問題だけが物資の供給を滞らせたわけではない。
事実、拠点(集積所)や情報の流れでも問題が発生していた。拠点では、物資の取扱に不慣れな自治体職員により在庫管理や仕分けが行なわれ、必ずしも効率的で的確な処理が行われたとは言い難い。さらに重要なことは、全体を統制する情報の流動がスムーズでなければならないが、ここにも大きな問題があった。
つまり、「ロジスティクス」全体が機能不全に陥っていたのである。ロジスティクスとは、関係主体相互が情報を一元化・共有化しながら、物資の流動を効率化し、かつ全体最適を目指すトータルシステムであり、これを構築するためには、輸送にとどまらず、拠点や情報流動など、供給ルートに関わるすべての機能が総体として連動しなくてはならない。まさに、迅速・確実に救援物資を供給するうえで、ロジスティクスの実践は必須となる。
ところで、震災のような非常時においては、「効率」や「全体最適」といったことは、ともすれば滞りがちになる。その一方、災害の際は地域の人的・物的資源も大幅に逼迫する。今回、輸送や集積所の運営で、自衛隊や自治体職員など公務の方々の懸命な尽力があった。しかし、本来であれば、自衛隊は救命救助、自治体職員は住民の保護が主要業務(コアコンピタンス)であり、それらに人的・物的資源が集中投入されるべきことは論を待たない。物資流動に多くの人員が割かれることは避けるべきであり、限られたリソースであることを踏まえても、平時以上に災害時の物流には「効率」が求められる。
3.救援物資の供給ロジスティクスにおける情報流動としてどのような問題が発生したか
ロジスティクスを構築する上で、正確でスムーズな情報の流動は不可欠である。先のロジスティクスレポート№15で、通信途絶等により初動期に物資のニーズが県の災害対策本部に届かず、物資の供給フローが始動できなった旨を報告した。同様に、被災者のニーズが把握でき、救援物資が輸送できるようになった段階でも、情報の流動上の制約が発生した。それは、輸送オーダー情報(出荷指示)、在庫情報(在庫管理)、到着情報(到着予定連絡)のすべてにわたる問題として表れたものとみられる。
輸送オーダー情報は、輸送手配に必要な物資の荷姿、ケース数、ケースサイズ、ケース重量や行き先等に関する情報であり、この情報に不備、欠落等があれば、輸送する物資に適切な車両を手配することができない。実際、この情報の確認に時間を要し、輸送オーダーの受領から輸送手配に至るまでの過程でかなりの時間を費やさざるを得ないケースが多く発生するとともに、手配後にも指示変更が多発し、迅速性に欠ける場面も多かった。
在庫情報は、集積所や避難所にどのような物資が、いつ、どれほど入庫または出庫し、その結果、現状どれほどの量がどこに保管されているのかを示す情報である。この在庫情報を正確に把握することにより、救援物資を過不足なく、また遅滞なく供給することができる。しかし、自治体の職員が在庫の管理にあたった集積所を中心に、①在庫情報が一元化されておらず、善意で直接避難所に届けられた物資等を含めて、どのような物資が、現状どれほど保管されているか把握できていなかった、②段ボール箱等に納められた在庫の品目や入り数、規格などが把握されておらず、ロケーション管理やピッキングに支障が及んだ、等の問題が多く発生した。
到着情報とは、どのようなトラックで、どのような物資が、どれだけの量、いつ集積所や避難所に届くのか等の情報である。集積所などにこのようなトラックの到着に関する情報が届かなければ、受入作業の準備ができず、最悪の場合、到着した物資が卸せないことにもなりかねない。この到着情報の荷受先への伝達の徹底がなされず、上記のような問題が多くの拠点で生じることになった。
輸送オーダー情報、在庫情報、到着情報は、一連の情報として、物資流動とともに伝えられていく必要があり、これがどこかで途絶えることにより、スムーズな物資の供給が滞ることになる。
4.今後の大規模災害に備えた救援物資のロジスティクス構築に向け、何をどう改善すべきか
大きく被災を受けた地域が広域にわたる中、輸送や拠点作業等、個々の作業が非常に厳しい環境下で行われたことも、救援物資の供給の迅速性に少なからず影響を与えたであろうことは否めない。
しかし、ロジスティクスの考えを反映して計画すべき供給フローにおいて、特に情報流動の制約により物資がスムーズに流れなかったことが、結果的に救援物資の確実・迅速な供給を阻害した面が大きい。今後の大規模災害の発生に備えた震災ロジスティクスの構築に向け、情報流動についての改善が急務といえる。
このような観点から、「救援物資供給のためのロジスティクス構築・運営に向けた円滑な情報流動の確保」が、今後の国・自治体BCP(BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)に盛り込まれるよう提言したい。
提言(1):早期の物流事業者投入による「物資情報・輸送・集積所の一貫運営体制」の制度化
今回の震災では、県の災害対策本部に物流業界関係者が参画、あるいは後に各地に物流専門家が派遣されるなど、救援物資の流動の円滑化に資するような取り組みが行なわれた。それでも供給上の問題が収束するのに時間を要したことから、今後の大規模かつ広域的な震災の発生時には、発生直後から物流事業者(業界団体)の参画を得て「物資情報・輸送・拠点の一貫運営体制」を構築するよう、国および県には、BCPの見直し及び新規の制度化を推進するよう提言する。このような体制が構築されることにより、ロジスティクスに必要とされる輸送オーダー・在庫・到着の各情報について、物流事業者の協力のもとにスムーズに流動させることができる。
なお、先の図で示した情報の流れは、基本的に自治体の管理下に置かれるものであり、自治体職員が自らの責任のもと主体的に情報の管理にあたり、物流事業者はその補完(補佐)役として協力する一方、物資の流れについては物流事業者が主体的に関与する体制が望ましい。その意味で、ここで提案する体制はそれぞれのノウハウを活用した「官民の役割分担」を明確にするものである。
提言(2):「ロジスティクスを構築する上で最低限必要とされる情報」の標準化
(国・自治体職員と物流事業者が、ロジスティクスの必要性について共通認識を持つことにより、救援物資の供給上必要不可欠な情報が的確に発信される。その一方、国・自治体職員は通常業務で物流を取り扱う機会はほとんどないため、伝えるべき情報、把握すべき情報に欠落等が発生しやすい。そのため、「ロジスティクスを構築する上で最低限必要とされる情報」について、標準書式も含めたフォーマット化を図り、広く普及させるよう国ならびに業界団体が整備を促進するよう提言する。
おわりに
本レポートでは、救援物資の供給にはロジスティクスを実践することが不可欠との問題意識のもと、ロジスティクスを阻害する情報流動の制約を解消するための提言を行った。ただし、物資の供給に関わる情報は、救援物資の送り主から的確に発信する必要があり、そのような観点では、国民にロジスティクスの必要性を広く周知し、適切かつ効率的に被災者に物資が届くよう協力を仰ぐ必要もある。さらに、民間の物流事業者のノウハウを全面的に活用しつつ、物資の流動は物流事業者に任せ、自治体職員はより被災者に寄り添った業務に注力できるようになることが望まれる。
(担当:経済研究部)