ロジスティクスレポート No.08
吉祥寺における荷捌き問題への挑戦
- 市街地における商店街やオフィス街では、商店や建物に付随した駐車施設が十分ではないため、貨物車による商品の荷卸し・積込み(荷捌き)が路上に駐停車して行われる場合が多い。これらの貨物車の駐停車は、来街者が安心して買物をすることを阻害するだけでなく、交通渋滞の惹起や停車中のアイドリングによるCO2排出等で、市街地の交通環境を悪化させる。
- このため近年、市街地の貨物車による荷捌き問題解決のためのTDM実証実験が都内各地で行われており、少しずつその成果が施策に取り上げられている。これらの地域のうち路上での荷捌きが一般化している吉祥寺駅北口商店街で、平成19年2月に実証実験が行われた。
- 本稿は荷捌き問題への取組みの事例としてこの実証実験を紹介すると同時に、実証実験を通じて得られた荷捌き問題への取組みで必要となる要件を提示する。
1.吉祥寺の特性と荷捌き問題の経緯
吉祥寺は、多摩地域でも有数の商業集積地として発展してきたが、近年、新宿等の都心部のリニューアルや立川、多摩などの台頭により、吉祥寺の商業環境は厳しさを増している。これらの地域では大規模な拠点整備などが行われているが、吉祥寺は歩行者の回遊性を軸とした繁華街であり、人が安心して回遊できる環境づくりが生命線となっている。回遊性を阻害する要因は多々あるが、貨物車による荷捌き問題はその重大な要因の一つにあげられる。吉祥寺では路上荷捌きが恒常化しており、交通渋滞、交通安全、大気等の生活環境、街の景観、歩行の快適性などに大きな影響を与えている。このため、平成17年から武蔵野市、商店街、輸送事業者等で構成する「吉祥寺共同集配システム検討委員会」が設置され、吉祥寺における荷捌き対策のあり方について検討が進められてきた。そして平成19年2月に、交通規制を含む荷捌き対策を中心とした実証実験注1)が行われた。
注1) TDM実証実験:Transportation Demand Management、交通需要マネジメント。自動車の効率的運用などで交通需要の調整を行い、結果として道路交通混雑を解消していく取組み。丸の内、六本木、町田市内、秋葉原、吉祥寺駅周辺などで実証実験が実施されてきた。
2.実証実験について
実証実験の実施に当たっては、吉祥寺を訪れる来街者の視点に立ったまちづくりに軸足を置いた荷捌き対策を進めることとした。
(1)実験の内容
- 対象地域
実証実験の対象となる地域は、東京都武蔵野市のJR吉祥寺駅北口周辺で、東西南北をそれぞれ「吉祥寺通り」、「五日市街道」、「吉祥寺大通り」、「井の頭通り」で囲まれた地域である(図-1)。この地域には約800の商店が集積している。図-1 吉祥寺駅北口周辺の実証実験対象地域
- 実験項目、実験期間
表-1に示す荷捌き対策を実験項目として、平成19年2月15日(木)~28日(水)の期間、実証実験を行った。なお、実験項目としては、この他に買い物が楽しくなるための対策としてのポーターサービス、まちを活性化させるための対策としてのイベントも同時に実施した。
(2)実験の準備、協力依頼
各商店については、実証実験前に商店会の会合等でチラシを配布して、実験の説明、協力依頼を行った。また、輸送事業者に対しても、事業者団体の会議でチラシを配布して同様の協力依頼を行った。このほか、共同配送の利用を希望する事業者に対しては、個別に利用内容を確認して対応した。
表-1 実証実験の項目と内容
(3)物流事業者や商店街の取組み
実験期間中、商店街や輸送事業者は荷捌き対策を円滑に実施するため、様々な取組みを行った。商店街では「利用の少ない既存の荷受け場所を有効活用する」、「商店街の人が交代で道路に立ち、一方通行を誘導する」ことなどを行った。また、「一般の従業員が荷卸しを手伝う」などの協力体制がとられた。輸送事業者も短時間で遅滞なく集配を行うため、「2人乗車で現地に行く」、「関係先の駐車場を利用する」、「2日に分けて納入する」、「午前中に納入する」などの工夫をこらして対応した。
3.実証実験の結果と課題
(1)ショッピング環境との共存と貨物車のスムーズな通行のための対策
- 荷捌き車両の時間規制(11時以降の時間規制)
平和通りと、サンロード、元町通り、ダイヤ街などの中心街では、午前11時以降の荷捌き車両の通行がほとんど無くなり、来街者から”安心してショッピング等を楽しめるまち”として高い評価を得た(表-2)。平和通りでは、バスの安全・定時運行の面でも多大な効果を上げた。しかし、中心街の周辺部において若干の路上駐車車両の増加が認められた。表-2 時間帯別駐車台数の比較
- 荷捌き車両の走行ルート化(一方通行化)
実験開始時はルールが徹底されておらず、一方通行を逆行する車両が見られ、若干の混乱が生じたが、道路の入り口や交差点付近に誘導員を配置することにより一方通行化が遵守されるようになり、来街者からは”安全なまち”として高い評価を得た。
荷捌き車両に対する通行のルール化(時間規制、走行ルート化)は、実証実験自体の評価を決定づける効果的な対策であったと言える。
(2)共同配送・共同荷受け
利用実績は、共同配送を担当した運送会社2社の合計で282個(20個/日)、1日あたりの持込み事業者数は最大4社であり、輸送事業者の利用は少なかったと言わざるを得ない。周知期間が短かったものの、問い合わせ等もあり、利用しようとする気運はあったものと推察される。利用しなかった理由としては、トラブル発生時の保証が明確でないことがあげられた。本対策を実施する上での安全性、クオリティ、メリット等を明示できなかったことが課題としてあげられる。
(3)荷捌き車両のための駐車スペースの確保対策
最も利用された駐車場では、平日に最大29台・平均16台/11時間の利用があった。駐車場の利用料金を無料としたにも関わらず、利用頻度は低調であった。駐車場の位置が商店から離れていたことが問題としてあげられるが、吉祥寺の現状として、これ以上良好な条件の駐車場を確保することは困難とみられる。
時間規制等のルール化の受け皿として設けた駐車スペース、共同集配等は、利用実績は少なかったものの、本格実施する場合には改めて検討を要する対策と考えられ、今後、実効性のある確保方策、利用促進策等について検討することが望まれる。
イベントで実施したアンケート結果によると、6割を超える人がこれまでに吉祥寺のまちで「車両に危険を感じた」としており、吉祥寺の道路の歩行環境について実験前と比較可能な人のうち4割を超える人が、実証実験中は「歩きやすくなった」と感じていた。また、実験期間中に市民から荷捌問題への取組みに対する激励の声も届けられており、実験を通して来街者の視点に立った安全・安心なまちづくりの方向の妥当性が確認された。
4.荷捌き問題への取組みで必要となる要件
吉祥寺における実証実験を通して、荷捌き問題への取組みに際して必要となる要件を整理する。
- 位置づけの明確化
荷捌き問題は単独で存在しているものではなく、多面的な都市活動の一面と考えるべきである。吉祥寺ではまちの回遊性が生命線となっており、まちづくりの戦略の一環として荷捌き問題を捉えている。このように荷捌き問題は一過性のものではなく、まちづくりのなかに明確に位置づけ、永続的に取り組んでいくことが必要な課題であることを示すことにより高い効果を期待できる。 - 関係者の総意
吉祥寺では、地元商店街の中に荷捌き問題に対して中核となる人材が存在し、関係者が揃って取り組んでいる。これまでにも平成11年から13年に同様の実証実験を行っているが、この時の実証実験を通じて商店街の荷捌きに対する意識が向上し、実験後、商店街が独自の予算を投入して自主的に月1回荷捌き駐車対策を実施してきた。このように荷捌き問題に腰を据えて取り組んでいくためには、地元関係者の総意が不可欠となる。 - 包括的な取組み
荷捌き問題は、発荷主と着荷主の間の荷物の流れの中で発生する問題であり、荷物を集配する輸送事業者などの関係者が個々に対応している限りは、まち全体として根本的な解決には至らない。荷捌き問題には多くの関係者が介在していることから、多様性があり、統一的な対応がとりにくい面があるため、様々な問題点を一括して共有し、状況にフィットする方策を包括的に実施していく必要性が大きい。そのためには関係者からなる協議会的な組織注2)を設置して対処していくことが実効性を伴う対応策として効果的と考えられる。
注2) この協議会をベースに、適正で効率の良い荷捌き環境を作り出す方式を「吉祥寺方式」という。今回の実証実験の結果を受け、吉祥寺共同集配システム検討委員会は平成19年3月に、荷捌き問題はまちづくりの一環として対処する問題であり、これを解決するには、関係者が幅広く結集した協議会を設置して、統一的に取り組むことが望ましいという見解をまとめて市長に提言した。
5.まとめ
本来、物流は依頼者である発荷主、着荷主の条件に基づいて発生するものである。輸送事業者はあくまで受け手であり、荷主の協力なくして物流問題を改善することは難しい。その意味で、端末物流の改善を図る際には、荷主の発意や熱意が不可欠となる。
吉祥寺がまちづくりの一環として荷捌き問題に取り組んでいることは、今後の端末物流を考える際の大きな参考となるものである。
(担当:経済研究部)